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日本生まれの歴史上の偉人・有名人達

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福澤諭吉

西暦:1835年1月10日 ~ 西暦:1901年2月3日  
日本 (大分県)    教育家軍人思想家
福澤諭吉

自由と我儘との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。

福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち、新字体:福沢 諭吉、天保5年12月12日(1835年1月10日)- 明治34年(1901年)2月3日)は、日本の武士(中津藩士のち旗本)、蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、土筆ヶ岡養生園(後...

平清盛

西暦:1118年 ~ 西暦:1181年3月20日  
日本 (三重県)    軍人
平清盛

平氏にあらずんば、人にあらず。

平 清盛(たいら の きよもり)は、平安時代末期の武将・公卿。 伊勢平氏の棟梁・平忠盛の長男として生まれ、平氏棟梁となる。保元の乱で後白河天皇の信頼を得て、平治の乱で最終的な勝利者となり、武士としては初めて太政大臣に任せられる。娘の徳子を高倉天皇に入内させ「平氏にあらずんば人にあらず」(『平家物語...

島津義久

西暦:1533年3月4日 ~ 西暦:1611年3月5日  
日本    政治家軍人
島津義久

百姓を憐むことをもって、憲法の第一としたい。民の飢えや寒さを思い、貧窮の苦悩を知ることが重要。

島津 義久(しまづ よしひさ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。薩摩国の守護大名・戦国大名。島津氏第16代当主。 島津氏の家督を継ぎ、薩摩・大隅・日向の三州を制圧する。その後も耳川の戦いにおいて九州最大の戦国大名であった豊後国の大友氏に大勝し、また沖田畷の戦いでは九州西部に強大な勢力を誇...

山本五十六

西暦:1884年4月4日 ~ 西暦:1943年4月18日  
日本 (新潟県)    軍人

犬養毅

西暦:1855年6月4日 ~ 西暦:1932年5月15日  
日本 (岡山県)    政治家
犬養毅

話せばわかる。

犬養 毅(いぬかい つよし、1855年6月4日(安政2年4月20日) - 1932年(昭和7年)5月15日)は、日本の政治家。位階は正二位。勲等は勲一等。通称は仙次郎。号は木堂、子遠。 中国進歩党総裁、立憲国民党総裁、革新倶楽部総裁、立憲政友会総裁(第6代)、文部大臣(第13・31代)、逓信大臣(...

石田三成

西暦:1560年 ~ 西暦:1600年11月6日  
日本 (滋賀県)    軍人
石田三成

大義と思うものは、たとえ首をはねらるる期までも命を大切にして、なにとぞ本意を達せんと思う。

石田 三成(いしだ みつなり)は、安土桃山時代の武将・大名。豊臣氏の家臣。豊臣政権の五奉行の一人。関ヶ原の戦いにおける西軍側の主導者として知られている。...

武者小路実篤

西暦:1885年5月12日 ~ 西暦:1976年4月9日  
日本 (東京都)    詩人小説家劇作家画家
武者小路実篤

結婚するものも仕合わせだし、しないものも仕合わせだ。 どっちにも人間としての喜びがある。

武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ、1885年(明治18年)5月12日 - 1976年(昭和51年)4月9日)は、日本の小説家・詩人・劇作家・画家。...

和辻哲郎

西暦:1889年3月1日 ~ 西暦:1960年12月26日  
日本 (兵庫県)    哲学者思想家
和辻哲郎

資本主義が進展すると共に 手段としての財力が強くなり 人間のほうが財の手段となり 人間が機械の奴隷にされるという傾向が生じてくる

和辻 哲郎(わつじ てつろう、1889年3月1日 - 1960年12月26日)は、『古寺巡礼』『風土』などの著作で知られる日本の哲学者、倫理学者、文化史家、日本思想史家。その倫理学の体系は、和辻倫理学と呼ばれる。日本倫理学会会員。...

板垣退助

西暦:1837年5月21日 ~ 西暦:1919年7月16日  
日本 (高知県)    政治家軍人
板垣退助

板垣死すとも自由は死せず

板垣 退助(いたがき たいすけ、天保8年4月17日(1837年5月21日) - 大正8年(1919年)7月16日)は、日本の武士(土佐藩士)、政治家。幼名は猪之助。退助は元は通称。諱は初め正躬(まさみ)、のち正形(まさかた)。号は無形(むけい)。栄典は従一位勲一等伯爵。土佐三伯の一人(他に後藤象二郎...

藤原道長

西暦:966年 ~ 西暦:1028年1月3日  
日本 (京都府)    政治家
藤原道長

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

藤原 道長(ふじわら の みちなが)は平安時代中期の公卿。後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇の外祖父にあたる。 父の兼家が摂政になり権力を握ると栄達するが、五男であり道隆、道兼という有力な兄がいたためさほど目立たない存在だった。しかし兼家の死後に摂関となった道隆が大酒、道兼が伝染病により相次いで病...