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日本生まれの歴史上の偉人・有名人達

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平賀源内

西暦:1728年 ~ 西暦:1780年1月24日  
日本 (香川県)    実業家医者発明家
平賀源内

良薬は口に苦く、出る杭は打たれる習ひ。

平賀 源内(ひらが げんない、享保13年(1728年)- 安永8年12月18日(1780年1月24日))は、江戸時代中頃に活躍した本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家。 源内は通称で、元内とも書いた。諱は国倫(くにとも)[1]、字は子彝(しい)。数...

藤原道長

西暦:966年 ~ 西暦:1028年1月3日  
日本 (京都府)    政治家
藤原道長

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

藤原 道長(ふじわら の みちなが)は平安時代中期の公卿。後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇の外祖父にあたる。 父の兼家が摂政になり権力を握ると栄達するが、五男であり道隆、道兼という有力な兄がいたためさほど目立たない存在だった。しかし兼家の死後に摂関となった道隆が大酒、道兼が伝染病により相次いで病...

黒田 官兵衛

西暦:1546年12月22日 ~ 西暦:1604年4月19日  
日本 (兵庫県)    政治家軍人
黒田 官兵衛

その職にふさわしくない者はすぐに処分したりするが、よく考えてみると、その役を十分に務めてくれるだろうと見たのはその主だ。 目利き違いなのだから、主の罪は臣下よりもなお重い。

黒田 孝高(くろだ よしたか)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。戦国の三英傑に重用され筑前国福岡藩祖となる。キリシタン大名でもあった。 諱(実名)は初め祐隆(すけたか)、孝隆(よしたか)、のち孝高といった[注釈 1]が、一般には通称をとった黒田 官兵衛(くろだ かんべえ)、あるいは...

蒲生氏郷

西暦:1556年 ~ 西暦:1595年3月17日  
日本 (滋賀県)    政治家軍人
蒲生氏郷

春夏秋冬どれか一つにかたよらず、家風を正すことが主将の器と言うべきであろう。

蒲生 氏郷(がもう うじさと)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。初め近江日野城主、次に伊勢松阪城主、最後に陸奥黒川城主。 蒲生賢秀の三男(嫡男)。初名は賦秀(やすひで)または教秀(のりひで)。キリシタン大名であり、洗礼名はレオン(又はレオ)。子に蒲生秀行。...

本田宗一郎

西暦:1906年11月17日 ~ 西暦:1991年8月5日  
日本 (静岡県)    実業家
本田宗一郎

日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なのである。

本田 宗一郎(ほんだ そういちろう、1906年(明治39年)11月17日 - 1991年(平成3年)8月5日)は、日本の実業家、技術者。輸送用機器メーカー本田技研工業(通称:ホンダ)の創業者。...

加藤清正

西暦:1562年7月25日 ~ 西暦:1611年8月2日  
日本 (愛知県)    軍人
加藤清正

屍を戦場にさらすとも褥の上にて死なんとは思い設けず

加藤 清正(かとう きよまさ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。肥後熊本藩初代藩主。別名虎之助(とらのすけ) 豊臣秀吉の子飼いの家臣で、賤ヶ岳の七本槍の一人である。各地を転戦して武功を挙げ、肥後北半国を与えられた。秀吉没後は徳川氏の家臣となり、関ヶ原の戦いの働きによって肥後国一...

坂本龍馬

西暦:1836年1月3日 ~ 西暦:1867年12月10日  
日本 (高知県)    軍人
坂本龍馬

事は十中八九まで自らこれを行い残り一、二を他に譲りて功をなさむべし

坂本 龍馬(さかもと りょうま、天保6年11月15日(新暦・1836年1月3日) - 慶応3年11月15日(新暦・1867年12月10日))は、江戸時代末期の志士、土佐藩郷士。 土佐郷士株を持つ裕福な商家に生まれ、脱藩した後は志士として活動し、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中(後の海援隊)を結成...

福澤諭吉

西暦:1835年1月10日 ~ 西暦:1901年2月3日  
日本 (大分県)    教育家軍人思想家
福澤諭吉

未だ試みずして、先ず疑うものは、勇者ではない。

福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち、新字体:福沢 諭吉、天保5年12月12日(1835年1月10日)- 明治34年(1901年)2月3日)は、日本の武士(中津藩士のち旗本)、蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、土筆ヶ岡養生園(後...

大江匡房

西暦:1041年 ~ 西暦:1111年12月7日  
日本    詩人
大江匡房

好漢 惜しむらくは軍学を知らず

大江 匡房(おおえ の まさふさ)は、平安時代後期の公卿、儒学者、歌人。大学頭・大江成衡の子。官位は正二位・権中納言。江帥ごうのそつと号す。藤原伊房・藤原為房とともに白河朝の「三房」と称された。小倉百人一首では前中納言匡房。...

井伊直弼

西暦:1815年11月29日 ~ 西暦:1860年3月24日  
日本 (滋賀県)    政治家
井伊直弼

一期一会

井伊 直弼(いい なおすけ)は、幕末の譜代大名。近江彦根藩の第15代藩主(16代藩主、13代当主という数え方もある[1])。幕末期の江戸幕府にて大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国近代化を断行した。また、強権をもって国内の反対勢力を粛清したが(安政の大獄)、それらの反動を受けて暗殺された...