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徳川光圀(水戸黄門)

徳川光圀(水戸黄門)

出身地: 日本 (茨城県)
職業:政治家
西暦:1628年7月11日 ~ 西暦:1701年1月14日  
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徳川 光圀(とくがわ みつくに)は、常陸水戸藩の第2代藩主。「水戸黄門」としても知られる。 諡号は「義公」、字は「子龍」、号は「梅里」。また神号は「高譲味道根之命」(たかゆずるうましみちねのみこと)。水戸藩初代藩主・徳川頼房の三男。徳川家康の孫に当たる。儒学を奨励し、彰考館を設けて『大日本史』を編纂し、水戸学の基礎をつくった。

徳川光圀(水戸黄門)の名言を人気順に表示しています。
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生くべきときに生き、死すべきときに死す。 死をもって証明するしか方法がないときにはじめて切腹するわけであって、苦しきを逃れるための自殺は、卑怯なだけである。

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欲と色と酒を敵と知るべし。

タグ: お酒 欲望

苦は楽の種、楽は苦の種と知るべし。

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身体は習慣次第で、どのようにでもなるものである。健やかになるように心がけることが大切である。

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誕生日は、最も粗末な食事でいい。 この日こそ、母を最も苦しめた日なのだから。

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一騎で立ち働くことは、匹夫の勇であるから、大した御用にも立たぬ。

タグ: 凡人 勇気 仕事

体が大きな者は、三、四尺の刀を自由に振りまわし、役に立てるが、普通の者はそのような大刀は手に余るからはなはだ無益なことである。

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